精神科医になった同級生に約20年ぶりに会った時に、聞いたことが1つある。

 

 

進学校に通っていた

NewImage

私は福岡の久留米大附設といういわゆる進学校に通っていた。

毎年東大に何人通ったとか、そういうのがバロメーターとして重んじられる学校だった。

在学中はその学校の名前を出すと「すごいねえ」と皆が皆言ってくれた。

ただ、ぼくはアホだったので「自分は賢いんだ」という思い込みで思考停止してた。

あほや。

でも、個性豊かなやつらがたくさんいて、今になってみると、かなりバラエティーに飛んだ人材になっている。テレビで特集されるような学者もいれば、作った会社を上場させたやつもいる。

 

 

自己愛が強い

 

NewImage

で、先ほどの精神科医の友達だ。

その彼に久々に会った時に聞いてみた。

「おれらの学校の生徒(同級生たち)を精神科医として分析した時にどう思う?」

彼は、少し時間をおいて困ったような顔をして言った。「うーん。自己愛が強いと思うなあ」

その彼の言い方は特に分析した様子もなく、言葉が見つからずになんとなく吐き出したような感じだったので、必ずしも専門家のコメントではないと思う。

そうかあ。と当時はなんとなく聞いていた記憶がある。

 

そんな彼のコメントが今日の午前中に急に蘇って来た。

 

 

病院にて

今日の午前中は、先日の健診の結果で腎臓結石が見つかり、病院に再検査に行っていた。

 

「経過観察」ということで、おそらく病院に行かなくてもいいレベルだった。

しかし、痛いのは嫌なのと、嫁さんも心配してたので行って来た。

 

 

かなり混雑した待合室。ムッとした感じの生暖かい空気が淀んでいた。

そこで、尿検査の紙コップを手に持って座っていると精神科医の友達の「自己愛が強い」という話を思い出した。

私は自己愛が強い。だから、少しの検査の異常でも気になって病院に来ている。

これは、いいことだ。(少し、時間とお金はかかるけど)

 

 

考えたこと

NewImage

そこで考えた。

多分、自己愛の強さに自分の扱いが付いて行ってない時に、人は不快感を感じる。

ちなみに、今日病院に行くという行為は自己愛を満たしている。

 

自己愛の強さと実際に自分を大事にしている度合いのギャップによって日々の快、不快の度合いは決まるんだろう。

 

そう思った。

 

 

自己愛 < 自分の扱い

自分の扱いが自己愛を上回る場合は(言い換えると自分を大事にしていれば)日々の生活は気分がいいものとなる。

 

NewImage

逆に。

 

自己愛 > 自分の扱い

自分の扱いが自己愛を下回る場合は(言い換えると自分を雑に扱えば)日々の生活は気分が悪い。

 

NewImage

 

 

自己愛が強いことはいいことだ。

自分を愛して大切にすれば他人も大切に扱うことができる。

ただ、自己愛が強いということは、自分をその分、丁寧に大事に扱わなければならない。

それがうまく行かないと、途端に生きづらくなる。

 

 

自分を大切にするには

自分を大事にする方法は「自分だけの時間、と自分が欲している時間」をたっぷりと自分に注ぎ込めばいい。

私が走るのは、それが「自分だけの時間」で、それを自分が欲しているからだ。

 

そしてこうやってブログを書くのも自分で考えて、それをアウトプットするという「自分だけの時間」でそれを欲している。

 

 

家族との時間や、京都御所に行く時間、美味しいものを食べる時間。

幸い私は日々強い自己愛を満たすための行為に時間を注ぎ込み、気分良く生きている。

 

 

そう。

 

気分良く生きたいのだ。気分良く生きたい。

 

そのための方法は自分にしかわからず、それをやって自分を満足させるのも自分しかいない。

友達と過ごすのが好きだという人も、「友達と過ごす」という時間を自分で選んでいるので結果的にそれは自分の行為だ。

 

自分の人生と時間は特別なものだ。

唯一無二だ。

それをみな忘れている。というか、なかなか感じられないでいる。

 

そして、自己愛が置き去りにされて、それを充たす行為が出来ないで苦しむ。

 

 

好きなことをやろう

 

自分がただ好きなことをやろう。

自己満足しよう。

それはガソリンスタンドでガソリンを入れるようなものだ。

ガソリンが枯渇すればいつか走れなくなるのは当然だ。

あたなの時間はあなただけのものだ。

生まれてから死ぬまで。

それを好きなことに使って、自分を愛して、幸せになる権利がある。

 

本の紹介

 

私の場合は、吉本ばななさんの小説を読むと自分の人生は唯一無二で特別なものなのだということを思い出すことができる。

その中でも20年以上、その本をどこでもいいので開くと中の世界が立ち上がってくるという本がある。それはまるで匂いまで立ち込めるような感じ。

 

その本をご紹介します。

「アムリタ」。

 

自分を満たそう。ガソリンを入れよう。いつだって、どこだって。それは神様の水を飲むような行為だ。飲まないと喉が渇いて死んでしまうのだ。