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「一生かかっても表現したいこと」ってのに最近、気がついた。

それは何かというと。

 

18−19歳の頃に、京都の堀川丸太町のあたりに住んでたんだけど、その頃に見た憧れとか、光の塊みたいなものをずっと表現したかったんだと最近、気がついた。

 

 

当時、高校を卒業して、浪人をしてたんだけど、高校の頃からのひどい対人恐怖症が極まって、字も読めないし、人の話もよくわからないという半分狂ったような状態になってた。

 

そこで見た、無力な、どうやって生きて行ったらいいかわからない自分がいる場所から見た「光」「あこがれ」はもう、ものすごく圧倒的だった。

 

大政奉還や、本能寺の変があったのもあの辺という、ある意味強力な磁場も作用したんだと思う。

御所が近いってのも関係あるかもしれない。

 

あの頃、あの場所で出会った人たち、出来事は今でも強烈に胸に焼き付いてて、井戸の底から見上げる南中時刻の太陽のようだった。

 

夏の太陽は輝いて、ぶつけようのない情熱が心の中にあった。

「具体性」がなくて、揮発できない異常な情熱がとぐろをまいていた。

 

あれはなんだったんだろう。

 

そのあと、さらにおかしくなって僕は、大学も中退したし、働いてもしばらくはわけわかんなかった。

考えてみると、普通に人の中に戻ってこれたのは今の嫁さんに会った、24歳くらいの頃からだった。感謝や。

 

京都にまた来たのも、あの頃つかめなかったものに再度挑みたいという気持ちもあるのだと思う。

もし、一生かけて叶うのならあの「光」を圧倒的な「憧れ」を表現したい。

それは、いつか誰かの心までも救うかもしれないような強烈なパワーを持っていたから。

大げさだけど、これが生まれてきた理由かもしれないなんて、ふと最近思うんだ。