スクリーンショット 2017 08 27 22 53 42

(転載元:https://www.nintendo.co.jp/switch/aab6a/index.html

 

任天堂switchのスプラトゥーン2がおもろい。

大人になって、あんまりゲームって面白くなくなった。

大人になると現実の方がはるかに選択肢が多くて、感情の振り幅の大きなゲーム。

子供の頃におもろかったドラクエとかいまやってもおもろいのかな??

でも、スプラトゥーン2はシンプルで直線的にどっぷりはまり込める。

 

 

絵の具を町中に塗りまくって、そのエリアが大きい方が勝ち。

ネットでゲームをつないで、日本中のゲーマーとリアルタイムで戦う。

「ネットとゲーム」その二つをリンクさせて楽しむ醍醐味を初めて味わいましたよ。

知らない誰かと8人バトルで街を塗りまくる。リアルと現実の交錯。

 

子供のアカウントでやってます。

IMG 4877

IMG 4878

 

IMG 4875

 

IMG 4874

 

と、まあここまで書いたけど、それでも子供の頃ほどはゲームにのめり込めない自分を発見する。

子供は真剣。

この違いはなんだろう??

 

空想を膨らませる力の純度

 

多分、頭の中での空想を膨らませる力と純度の違いだと思う。

真剣にやってる目を見てるとそこに1つの世界が立ち上がってるのがわかる。

そこまで真剣になれないし、空想を膨らませきれない。

 

映画も

これって、子供の頃に観て感動した映画とかでも同じことが言える。

「マディソン郡の橋」を19歳の頃に見た。

たった数日の大人のラブストーリー。

家族が数日間外に出てていない間に繰り広げられる大人の純愛。

冷静に見ると「不倫」なんだけど、昔はそのストーリーの透明感に感動した。

 

でも、今見て見ると家族がいない間におっさんが家に上がって、女性におもろい話で爆笑させてる段階でもう嫌になる。

きっと、自分がエロいことや、仕事や、現実的なやり取りや、いろんな経験を現実の中でしてきたからだろう。

そして、その「嫌だな」と思う部分に自分自身の汚さを投影して見ている。

 

子供達がゲームにあんなにのめり込めるのは、そこに自分を投影させることができる経験をしてないからだろう。

そして、大人が楽しめないのはそこになんらかの自分の経験を反映させてしまうからだと思う。

 

そうすると、「死後の世界を探検」とか、「生まれる前の生への階段の物語」とか大人にも受けるのかな??

そこにはなんの経験値も反映させることができない。

 

ようわからんけど!

ではではー。