2007年。

今から10年前。30歳だった。

子供が生まれて、大分で子供と嫁さんと3人暮らし。

住んでたマンションからは小高い丘が見えて、近くにジャスコ(狭間という場所にあるジャスコで通称:はざじゃす)があった。

夏の夜に目をさますとカエルの大合唱が聞こえるような場所。

 

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音楽の日々

 

あの頃、数年前に買ったMTR(多重録音機)がある日スルスルと糸が解けるように使えるようになって、ギターのフレーズが弾けるようになった。

時を同じくして、我が家にもインターネットがやってきて使えるようになったばかりのMTRで作った音源をアップロードすると全国いろんなところから反応があって驚いた記憶がある。

遠くはブラジルからも反応があって、まるで革命のような衝撃だった。

心の奥に眠っていたものをこの世界に投下して、遠い誰かの反応が返ってくるなんて。

 

 

 

そうだアルバムをつくろう!ということで音源を完成させて全国いろんなところでライブをやらせてもらった。

 

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あの時の経験は大きく自分を前進させてくれたのです。

音源は8ヶ月で10曲入りのものができた。

これからこうやって毎年1枚音源を作って、6月にリリースしてツアーをやって生きていくんだという年間スケジュールを何回もペンで紙に書いた。

 

転勤

 

それから小倉に仕事で転勤になり、忙しい日々の中でも音楽を続けていった。でも、あまりに忙しくて曲を作る楽しさやライブの喜びは小さくなっていった。

あきらかにヤクザだとわかるような人々のざわめきの中でやったこともあったなー。(笑)苦しかった。

評価も上がらなかった。お客さんも来なかった。

みっともなくて、辛くって、恥ずかしかった。

でも続けた。

  

だけど音楽は不思議なものでそういう大きな摩擦をくぐり抜けてちょっとづつ成長していく。

ステージで弾けなかったフレーズが弾けるようになり、時折めちゃくちゃに感動してくれる人が現れだした。

 

水の足りない中乾いた道を無理やりにあえぎながら前進するような感じだった。

そして金沢へ転勤になり、そこでも小幅ながら前進していく。

上の子供は小学生、下の娘も幼稚園になった。

家族を持ちながら音楽を続けれるなんて。

幸運だったんだ。

 

 

京都へ

京都は刺激にあふれる街で、なおかつ走りやすい街。

音楽を作るのにも最高の場所。

 

この街に移住して描いた夢の生活を生きる今。

あの頃描いた「夢の地図」。

 

毎年8ヶ月かけて音源を作って(6月9日ロックの日に毎年リリース)そこからツアーに出る。

これはもしかしたらこれから本当になるんじゃないかとふと思った。

 

好きなものは手放してはいけないのだ。

 

何があっても。

前進するのだ。