おはようございます。京都移住日記のオクダ(@kyotoijuunikki)です。

今日もよろしくお願いします。

 

ちょっとした気づきをメモメモ。

 

言語化することは泥だんご作りに似ている

こうやって毎日ブログを1年以上書いていますが、昨夜思ったのは「言語化することは泥だんご作り」ということです。

人間の思考や、感覚を泥だとすると、それを言葉にするのは「泥だんご作り」そこには「言霊」が宿って、泥だんごの集積が未来を作ります。

 

なかなか見えにくい泥のような意思や思考を言葉にすること(泥だんごを作る)で形にならないものが形になっていくのです。

 

なぜこんなことを考えたかということここ数年の自分の足取りをたどると、京都で生活する、鴨川を走る、御所に行けるところに住むなど数年前に紙に書いたこと(泥だんごを作ったこと)が現実化しているからです。

 

人間の1日は長いです。24時間平等。

何もせずに意思や思考を泥のままににしておくと、風が吹いたり、雨が降ったり(時代の変化や環境の変化)外的環境に流されるままになってしまいます。

しかし、泥だんごを作って、しっかり固めておくとそれは環境の変化にも耐えうるものになって結果として自分の意思を未来に反映してきます。

 

行動することは風や光

もちろん言葉にするだけじゃ泥だんごはすぐに崩れてしまいます。

泥だんご作ったら陽に当てて、風で乾かします。

行動は風や光です。

言葉にしてその泥だんごに行動することで風と光を当てて、しっかりとしたものに固めて耐久性を持たせるのです。

 

これからも日々言語化して、風と光を当てて(行動して)行こう。

今作っている泥だんごは「時間と場所にとらわれずに稼げる力をつける」「通勤列車に乗らない」ということかな。

ではでは今日も良い1日を。