ブログをなぜ書くのか、誰に向かって書くのかを考えるのは定期的に言語化していきたいです。

1年前に始めたのはお金のためでした。

今もそうです。

お金大好き。

露骨に書くと怒られそうですが、本当です。

しかし、まだそんなに稼げていないのになぜ懲りずになぜ書くか?

それは習慣化しているからということと、決めたことを中途半端にやめたくないから。

 

ブログは灯台

ブログはウェブという広大な海の中で自らの灯台を建てる行為です。

毎日ピカピカと光らせることによって必ず見つけてくれる人が現れます。

ぼくは京都に音楽と、山を走りにやってきました。

それを毎日淡々と文章にすることによって、雑誌に取り上げられました。

3Pもの記事。買ってね!

 

 

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また、1日に何人か30分以上このブログを熟読してくれる方がいて、何かが伝わって広がっていくのが嬉しいです。

自らの考え、心理状態を反映させたものをブログとしてアップすることによって、それに共感する人々が集まってくるというのも現実的なメリットです。

 

久しぶりに会う友達もこのブログを読んでくれてて、いろんなことがスムーズに進行していくという体験もしました。

 

誰に読んで欲しいか

 

京都が好きな人、移住をしたい人などを想定していました。

今もそうですが、もっと根本的なことを考えると「自らの人生を生きれていない人たち」に読んで欲しい。

なぜなら京都に来る前はぼく自身がそうだったから。

悶々としていたから。

30代になり、仕事で忙しくって、転勤があるので自分で住む場所も選べずに、なんとなく日々は過ぎていく。そんな毎日だったから。

 

いつの間にか誰かを恨んでいて、本当は全部自分の責任なのに、それも忘れて誰かのレールを走らされていたから。

 

陰口を叩いて、心の中で誰かを恨んで。

 

でもそれを止めて、一歩踏み出した。

今も陰口や、ネガティブな言動から離れるようにしています。

 

未来は今の思考と、行動、言葉の集積だということを日々感じています。

 

最高の人生を生きたいと思っています。

 

だから、この1日が大切なのだ。そう感じるのです。

 

ぼくは走る事、そしてFacebookで昔の先輩や友達が生き生きと日々チャレンジして生きているのに触れて行動や目線が上って変わっていきました。

ネットの力ってすごい。

 

そしてこんな本を読みながら自らを鼓舞していきました。

こういうことなんだと感じます。

だから好きな事で「誰を喜ばすのか」を考えるのは重要です。

ぼくが最初に京都にやってきた20年前(1年間浪人していました)には普通に道を歩くのも辛く、文字の認識がうまくできなくなるほどにかなり精神的に追い込まれた状態でした。

 

それが紆余曲折あり、20年経って今家族とこの場所に住めているのは「いやーやったなー!」です。感謝。

 

決して褒められた事ばかりではなかったけれど、遠くの光を目指して歩いてきた。

そんな実感があります。

 

これを読んで欲しい人「自らの人生を生きていない人たち」というのは過去の自分です。

全部自分の責任だと認めて、人の陰口を止めて、恨む事を少しづつでも無くせばそこからはもう「自分の人生」だ。と思うのです。

 

 

 いつも読んでいただいてありがとうございます🎵

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