いつだったろう。

 

私は、とある酔っ払った女性(40歳手前)に絡まれて「おまえはもっと遊べ!」的なことを言われたことがある。

他にも様々な罵詈雑言を浴びせられたが、「言語化」に時間がかかる私は上手い具合に言い返せなかった。

 

(参照:まだ酷い事言われたら傷ついてるの?酔っ払った独身女性38歳に死ぬほど罵られながら考えた。「この世は全てに感謝できるかどうかという名のワークショップ。」

おそらくこの方は「遊んでいる」のだろう。

え?砂場?かけっこ?缶蹴り??

 

NO。

 

おそらく異性との下半身の交流と、酒場での酔狂のことを指しているのだ。

 

その人はミュージシャンで、ギターを弾きながら歌うのだが、残念ながらその演奏は首を傾げたくなるようなもので、私は「あなたがやるべきことは、遊ぶことではなくて、ギターと歌の練習か、もしくは周回遅れの就職活動なんではないだろうか。」と思った。

 

酔っ払っていたのでうまく言語化できなかったが、冷静に考えるとそういうことだ。

 

若いうちは遊べは嘘

若いうちは遊べ。などという人がいるが、それは間違いだ。

若いうちはしっかりと好きなことを見つけて、勉強をするべきだ。

そして、行動するべきなのだ。

 

私の尊敬する人たちは、ほぼ全員ジャンルは違えど、一流の域に達しても勉強を続けている。

それは必要な変化を敏感に感じ取り、変化するための日常トレーニングで、なおかつ、「気づき」をインスパイアするための素材の摂取だ。

 

 

どんちゃん騒ぎは永遠ではない

 

居酒屋で無駄な金を使って、どんちゃん騒ぎを永遠にやれるわけではない。

 

家族を持ってしっかりとマネージメントしながら、自分のやりたいことをやって、経済的にも精神的にも豊かになるのが「クール」。

 

今はそういう時代だ。

 

私はトレイルランナーであり、ミュージシャンだ。

 

どんちゃん騒ぎから100マイル離れた山の静寂に熱狂を聞き、自らの言語化できない場所を音楽にできたら最高だな。

そんな生活を送ろうとしている。

 

どんちゃん騒ぎの熱狂で一時的に寂しさをどこかに押しやってもそれは本当には消えないだろう。

 

自らの静かだけれど熱い場所を探り出し、そこに時間と情熱を注ぐのだ。

 

若いうちは遊べと言われたらその人の背景と、顔をよく見るべきなのだ。

もし、その人が自分の道を見つけて邁進する人であればそれはある意味本当で、「遊び」という名の回り道がその人の余裕や、余白を作っている。

 

もし、不幸そうな人や、禿げ散らかしたただのおっさんの戯言であれば完全に無視してよし!

 

今日も良い1日を!

 

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