初めて京都を訪れた時のこと


初めて京都を訪れた時のことを書いてみようと思います。

あれは確か中学三年の頃。

僕は福岡県久留米市で中高一貫の寮生活を 送っていました。

男子校。

うわー。

でも中学までは楽しかったなあ。

高校は飽きちゃったけど。


中学三年の修学旅行



中学三年の僕は修学旅行(研修旅行っていう名前だったと思います。)で京都を初めて訪れました。

確か宿は東本願寺の前の宿だった記憶が。

なんとなくだけど、長渕剛をエンドレスで聞いてたような記憶がうっすらと。

当時、ご多分にもれず ひねくれた小僧だった僕は清水寺や仁和寺あたりに行って「けっ!なんだか古臭いもんとビルや現代的なもんがごっちゃになっててやな街だな。」と思った記憶があります。

当時は、昔の人が作ったものに依存して生きる「俗悪な街」だという感想でした。やな小僧だな。。



浪人時代


しかし、大学受験に失敗して浪人生としてこ京都にやってきて僕は打ちのめされたんですねえ。


京都に。

高校を卒業した頃にはもうなんだか疲れきっちゃって、人間の中に生きるのに限界を感じていました。

まあ、6年間狭い箱の中に同世代の男子ばかりで学校と寮を行ったり来たりしてたのでなんだかわけわかんない状態になっていました。




京都御苑

そんな人間に疲れた(人間でいることも、人間の中で生きることも)自分が、京都御苑に初めて入った時のことは今でも忘れません。

鬱蒼とした木々を抜けて今まで見たことのないほどの広い空がパノラマのように広がるあの景色は今から何かが始まるよ。さあ、広がっていくぞ。

そんな無言のメッセージを確かに密やかに受け取りました。御所の空から。


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世界は語った

そして、丸太町通を堀川から東へ行って鴨川から眺める夕日や山々は人間の中で生きていけなくても「世界」がここにはあるのだ。ということを雄弁に語っていました。

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四角い箱の中に閉じ込められていた魂が箱の中だけじゃないよ。広い世界があるんだよ。
と京都の街に告げられました。

対人恐怖症

僕は何回か書いてるけど高校一年の頃から対人恐怖症でした。
もちろん浪人時代もそうでした。うまくいかないことだらけでした。
でもあの時京都御苑の空や、鴨川から見る景色は「人とうまくやれなくても生きていてもいい。」そういう風なメッセージを与えてくれました。

人間の中にライフスペースが見つけられないならば山や川や空に心を預けてもいいんだ。と。

それはその後の自分を生き延びさせてくれた大きな救いでした。



京都移住

その後24歳くらいまでまともな人付き合いもほとんどなく、友達や彼女もいない生活でした。
しかし、今の嫁さんと初めて行った旅行先は京都でしたし、京都の拾得でのライブの後は一気にいろんな楽器が弾けるようになったり京都は自分の魂がポンと跳ね上がる場所には変わりませんでした。

自分はおかしいんだ。自分はダメなんだ。自分はどうしようもないんだ。

そんな考えがキリのようにガリガリと巡る時でも、なんだか遠くにともる光は京都で得たものが燃料の一部になっていた気がしてなりません。

そんなこんなでここまで書きましたが京都移住はもう必然の流れですね。

20年の時を経てやってきました。

京都左京区からお届けする京都移住日記です。