メンタルに関することは誰しも公に語ることは憚られると思いますが、ブログは言いづらいことを書いてこそ。
そして、それをシェアすることで同じようなことを抱えている人の負担の軽減に繋がるので定期的に書きます。

プロフィールにも書いていますが、僕は高校一年の春に対人恐怖症を発症しました。

当時は、思春期の自我の目覚めだとかなんとか思っていましたが、やはり笑えない、話ができない、角を曲がるのが怖い(人がいるかもしれないという恐怖感)は対人恐怖症の症状でした。

当時は自分がこういう状態になったのが「恥ずかしい、みっともない」そんな「恥」の意識が強かった気がします。

「対人恐怖症について」そんなこと誰も教えてくれませんし、教室で一人はいる何も喋らないやつに自分がなってしまったこともショックでした。

今では人並みに社会生活も送れますし、ステージに立ったり、営業としての仕事をしてたりします。

しかし、この対人恐怖症は15歳から25歳まで僕の対人関係、性欲、コミュニケーション能力etc様々なものを根こそぎはぎ取って行きました。

それは本当に嵐の中に10年間入っていき、くぐり抜けてなんとか出てきたという感覚でした。

18歳の頃に6年間入っていた中高一貫の男子校を出て、性欲がこの現実社会の中では消失していることに気づいたときにはショックでしたし(ホモセクシャルなのかとも悩みましたが違いました。好きな女の子も当時はいましたがまあコミュニケーションはうまく取れませんでした。) 現実の世界に対する極度の緊張感を「音声や、映像が記号であり、自分はモノなのだ」と擬似的に思うことで人が周りに24時間いるという寮生活での対人恐怖症という現実を透過していた末での結果は悲惨なものでした。
(ちなみに24歳の頃に今の嫁に出会い、性欲も回復しました。今は普通よりかなり多いくらいです。笑)

今もそのことを思い出すと口の奥に苦いモノが込み上げます。

しかし、この対人恐怖症を発症して20年間が経過して色んなものを奪った「対人恐怖症」が自分に様々なことを考えさせ、創作活動をし、奪ったモノ以上に大切なものを与えてくれたことに気がつきました。それは自分にとって成長であり、癒しでした。



20年以上付き合っている自分の相棒のようなこの「対人恐怖症」これはもう大きなコンテンツです。

それをシェアしない手はありません。

ですので、定期的にこのブログでもアップして、今どこかで一人で苦しんでいる人の少しでも手助けになれば幸いです。