毎日。ではないけれど日々走っています。

実は京都移住の理由の一つに鴨川沿いや京都の街、山を走りたい。日々。

ということでやってきました。(嫁さんはいい迷惑ですね。こいつ頭のネジを何個か落としてきたなということで足元を見渡したんじゃないでしょうか。まだネジを拾って戻せば間に合うんじゃないかと。)

去年の11月に嵐山を出発して約30kmちょっと、京都の山を走るというトレイルランニングのレースに出まして、(その時は金沢在住)あまりに川が綺麗なのに驚いた記憶があります。

その写真。
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ノー加工です。

エメラルドグリーン?エメラルドブルー?

あまり使ったことのない語彙を僕のあまり豊かとは言えない知識の引き出しの中でがさごそと探ってみました。

曰く「なんじゃこりゃ」と。

もう季節は冬の入り口で、外で泳ぐなんて完全に頭おかしいんですが走りながら飛び込みたくなる衝動をグッとこらえて前進した記憶があります。


昔住んでた大好きな街京都。こんなの隠してたのか。こりゃ移住しかないじゃないかと。レースが終わってバスに乗って三条大橋か四条の鴨川辺りでぼんやり思ったのを覚えています。


まあそんなこんなで走っています。

100kmマラソンも二回目で完走しました。

今度富士山の麓を100マイル走るUTMF (ウルトラトレイルマウントフジ)の80kmバージョンの(STY)に9月に出ます。

全然速くないけれど、おそらく、しぶとく前進して、適度にゆるーくやるのが性にあってるんでしょうね。
走るの楽しいです。

若干横道にそれましたが、すみません。ここから本題です。


実は昨日、朝走っている時に体はきつくはないんだけれど、なんだかスピードが出ない。

出したくない。朝は時間さえあれば7割から8割のスピードで7kmくらいは行けるんだけれど、散歩してる人よりちょい早いくらいのスピードしか出ません。
だけどまあ、朝は涼しい京都の晴れた空の下を、山を見ながらのんびり走るのは最高です。

でもなんかおかしいな。なんだろうこの違和感は。

昨日の曲作りとイスラエル夫婦と楽しく過ごしたハイテンションが体の上の方。
肩とか、頭の方に熱気のように残っているのを感じます。
もちろん悪い感じではないけれどいい感じでもない。でも正直に言うと変だぞ。これって。

ストレス?

午前中もまだ職場で違和感が残ってたのでこれをちょっと文章にしてみようと下記の通り毎日つけてるグーグルカレンダーのメモ欄に書きました。(そのままコピペ)


「昨日の熱狂と興奮が頭と体に残ってて違和感。
のんびりのんびり走る。体が急ぐなと言ってるんだろう。自分のペースに戻りなさいよと。
少し背伸びした自分に対して。
意識や想像は世界の果てまで飛ばせるけど、体はそう、ここにあって、その乖離がストレスになり違和感になる。
そうか、この文章を書いててわかった。それを放置しておくとその歪や違和感で体にも少なからず影響が出るんだろう。」

ちょっと恥ずかしいですが。そのままあえて公表。


そう。

そしてこういう違和感やストレスって 今回だけじゃなくて時々感じることがあって。

僕だけじゃなくて他の人も同じなんじゃないのかなと。

これを今回は文章にしたけれど積もり積もった塊を定期的に「歌」としてドロップしてきましたし。

ある意味これは生きるエネルギーの源。 

だけどこの違和感をうまい具合に逃がしてあげないと体に異変が出てしまう。

まるで料理に使う香辛料のよう。

そのまま原液で飲むとまずいし、体にもよくない。

だけど薄めたり、しかるべき食材に適量を混ぜたり、振りかけたりするとその料理(生活は)ぐっと旨みを増すのでしょう。(料理しないからよくわからんけど。。。)


そして「体」ってやつは頭ではわからない。意識でも捉えきれないものをいち早く異変としてメッセージしてくれるんですね。それをキャッチして自分の中で翻訳するという作業は案外大事なのかもしれません。


ちなみにこのことを文章にした後の午後はしゅーっと違和感が抜けまして普通でした。


もう一歩突っ込むと日々ルーチンワークとして営む運動を何か一つでも持っておくと体からのメッセージがキャッチしやすくなるように感じます。そのルーチンワークに素早く出てくるような気がするので。

今日の京都移住日記まとめ

①京都の山のトレイルランは楽しい。

②マイペースに日々生きるのがいいよ。ロングランニングでもフォームを崩すこととペースをみだりに上げることは終盤「来る」。

③料理のことはよくわかりません。すみません。

走ろうと思う人にオススメ本です。↓




自己責任でヨロシクです。